Column
コラム
ADMRコラム107 ときには「捨てる」
夏と言えば、連日甲子園球場で高校生による野球大会が行われているのを目にする。
例えば、先頭バッターがノーアウトで一塁に出塁したとき、どのような作戦が考えられるだろうか。高校野球ではよく犠牲バントが試みられる。犠牲バントとは、バッターがアウトになる覚悟で、ピッチャーとキャッチャーの目の前にボールを転がして、塁にいるランナーを進塁させるプレーだ。確かにランナーが一塁より二塁にいた方が一本のヒットでの得点の確率は高まるように見える。
野球の一試合でとられてよいアウトは決まっている。一つの回はスリーアウトでチェンジ、9回まであるから全部で27個だ。アウトを取らせないように効率的に得点をしていくことが野球の攻撃の目標となる。そのとき、アウト一つをその犠牲バントで消費してよいのか、と考えると、判断の難しさがさらに増すように思う。
「捨てる」「犠牲にする」ということは、ときに前に進むために必要なことだ。かつて「モーレツ社員」がいたころは寝る間も惜しんで働いたとされる。一方で現在は「働き方改革」のもと、労働時間が短縮されるようになった。つまり一人ひとりが労働する時間は「捨てられた」もしくは「犠牲になった」が、その分、仕事以外に使える時間が増え、身体的な負担も減ったと言える。
ただ、そこには、偏りがあるように感じる。具体的には、業務時間が減っていても、業務量は「捨てる」ことができておらず、むしろ一人ひとりの負担は増加している職場もあるかもしれない。特に自動車整備業では自動車整備士は減っているのに業務量は変わらず、結局残業時間が増えたり、パンク寸前になっていたりする工場もあるときく。
本来仕事も野球同様、ときには「捨てる」作業が必要になる。その際、大事なのはやみくもに犠牲を払ったり、捨てたりしてはいけないということだ。その仕事の目的や目標を明確にし、そこに照らしたときにその犠牲が本当に必要なのかどうかを考えてみると良い。野球には「効率的に得点する」という目的・目標がある。同じようにその仕事が何のために行われるかをはっきりさせ、「捨てる」作業の見極めが最も大事なことだと思う。
おそらくその「捨てる」行為は、同時にそれなりの「覚悟」が必要となるだろう。もしかしたらその犠牲によって、思わぬ副作用が発生するかもしれないからだ。良い方向になるにせよ、悪い方向になるにせよ今まで通りではいられない。その変化に耐えられるだけの覚悟が、経営陣や幹部はもちろん、若手からベテランまで社会人には求められているのだ。ちょうど甲子園球場で野球に取り組む選手や監督らのように。
※このコラムは毎週水曜日に掲載いたします。またADMRではYouTubeで動画配信を行っています。ADMR公式チャンネルはこちらからご覧いただけます。
※ADMRではこのほか、オンラインサロンへの参加をはじめコラムや動画の限定配信、経営相談などの特典を用意したADMR会員を募集しています。詳しくはこちらをクリック